長崎平和祈念式典から見えた長崎市長と安倍総理の「立場の違い」と、別場所での怒り
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長崎平和祈念式典の市長と総理のスピーチで感じたこと

爆心地公園の写真

昨日、テレビで長崎平和祈念式典を視聴することができました。

被爆された方のエピソードも紹介されつつ、式典の始まりには被爆者による合唱から始まりました。

ここ数年、意図的に8月の太平洋戦争関連のドキュメンタリー等を見るのを止めていました。見ていると辛くなるからです。(そんなことを言うと、被爆者の方に失礼かと思いますが…)

被爆された方の合唱には、胸を打たれました。とても自分には推し量れない被爆体験を持つ方々、どんな思いで歌っているのか…。

勝手ながら、自分の微々たる知識と、式典が始まる前の被爆体験の話・核兵器廃絶を訴える様々な運動のドキュメント等から、想像しながら聞いていると、涙が止まりませんでした。(ただでさえ涙モロかったのに、年齢が増えるに連れ涙腺ってやっぱり緩むのですかね…)

市長と総理のスピーチを聞いて考えた

式典では、長崎市長、被爆者代表、安倍総理のスピーチを聞きました。

あらゆるメディアでも取り上げられていましたが、やはり自分も長崎市長の「核兵器禁止条約」採択の場に日本が出席しなかったことを批判していたことが印象的でした。

一方、安倍総理は「核兵器禁止条約」には触れず、被爆者への配慮と、復興への努力の賞賛が主な趣旨の内容。核兵器に関しては、「核兵器保有国と非核兵器保有国、双方が協力して…」という濁す内容に留まりました。

ここからは勝手なツブヤキです。

アメリカと日本の関係を考えると、核兵器禁止条約の採択の場に欠席したのも、その後「批准しない」と言ったのも仕方ないと思われました。

敗戦国となり、日米安保条約が締結された以上、アメリカと同じ立場をとらざるを得ないのです。

安倍総理だって、本心では「核兵器禁止条約」が国連加盟国の6割の122カ国から賛同を得られたことには感動しているんじゃないかと思います。しかし、立場上それを表面に出すわけにはいかないわけです。

そもそも、核兵器が世界から無くなることは、誰しもが願っていることでしょう。が、国際情勢はそう簡単にはいきません。

一方で、長崎市長も立場上、被爆者に寄り添うのは当然でしょう。

しかしながら、日本が核兵器禁止条約に批准できない理由もわかっているはずです。政治家ですし。

「市民や国民を背にした立場って重い…」と感じたスピーチでした。

日本の恥、平和祈念式典の最中のデモ

今朝、驚いたニュースが目に入りました。

なんと、式典の最中「デモ」を行っていたというニュース。

呆れると同時に怒りも。

「親族が原爆で亡くなりました。こんな時にさえ静かにできない連中が、何を訴えても信用する気にならない。自己満足で、人の心に土足で踏み込んでいるようなものだ」というコメント通りです。(式典を会場外のモニターで見ていた男性)

更に、信じられなかったのは、「毎年のことで、何とも思わない」と被爆された方のコメント。「毎年そうだったのか…」(自分)。

ハッキリ言って、ただのアホとしか思えません。切り捨て。 (2017.8.10)

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