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ショック過ぎた星野仙一さんの訃報

星野仙一の写真

年が明け、正月ボケも覚め止まぬ朝、いつものようにPCを開いたら、星野仙一さんの訃報が目に飛び込んできました。

呆然としました…。

「え!? …早過ぎるだろう」と。

連日、星野さんにまつわるエピソードが各メディアで紹介され、益々その想いは募りました。

監督としての星野仙一とは?

あくまで、一視聴者としての個人的な当時の感想です。

「闘将」という言葉が、真っ先に各メディアで飛び出てきますが、これはまったくその通りだと思います。

乱闘やジャッジへのクレーム、ベンチで暴れたり等々、「如何に勝負に真剣であったか!」を物語っているでしょう。あの姿は大好きでした。

ただ、監督としての資質に疑問もありました。

ちょっと強引とも思える選手起用があったり、阪神・楽天での優勝について。

選手起用については、自分が知らなかった星野監督の思いを、メディアのエピソードで知ることができました。「どうして強引とも思える起用をしたのか?」。

選手への「愛情」であったのだと。

『選手を信じてあげれば、どんなことがあろうと答えてくれる』、この言葉が全てを語っていたと。

そして、阪神と楽天の優勝の背景には、「前任の監督の野村克也さんの選手育成があったからだ」と、ずっと思っておりました。

間違ってはいないと思いますが、では、「そのまま野村さんが監督を続けていたら優勝できたのか?」という仮説には答えは出ないでしょう。

しかしながら、野村克也さん自身がその答えを語ってくれた気がします。

『俺が阪神の後任監督に推薦したって星野は知っているのかな? おぼっちゃまばかりの今の選手に厳しさを知らせる、プロ意識を植え付けるには最高の監督』と賞賛し、早逝を悔やんでいました。

この言葉で、「星野監督だからこそ優勝できたのか!」と思いを改められました。

知らなかった被災地への想い

東日本大震災では、数多くの著名人が尽力したことは知っておりましたが、星野監督の並々ならぬ想いは知りませんでした。

星野監督が被災地訪問したときの写真

楽天の監督として就任した年のキャンプ中に東日本大震災が起こりました。東北を拠点とする球団であったため、被災者への励ましをいつも胸に刻んで戦ってこられたことを知りませんでした。

わたくしが大嫌いな言葉「頑張ろう東北」。星野監督はこの言葉を使いませんでした。

『頑張れなんて言えません。(~略)』

「思慮深い優しさ」を持った人であったことを知った次第です。この言葉に感激しました。

そして、もう一つの言葉、『(選手たちが)優しさは十分にわかる。でも、強さを見せて勇気付けようじゃないか!』という叱咤激励で、就任3年目で日本一に導いたわけであります。

選手を奮い立たせる言葉として、これ以上の言葉があったでしょうか?

星野監督の数々の言葉の遣い方の巧みさを賞賛していた方が多々いました。

信念に真っすぐ生きた証

「勝負への厳しさ」、選手への愛情や被災地への想い等々からにじみ出る「優しさ」には、「自分の信念に迷いの無い生き方」を垣間見ることができます。「言葉遣いの巧みさ」と書きましたが、その言葉も自分の正直な想いから自然に出てきた言葉であったと思います。

真っすぐに、正直に生きたからこそ、多くの人から愛され、尊敬されたと思います。

信念に真っすぐに生きる人って、格好よく見えるというか、キラキラ輝いて見えます。

それは星野さんの顔ににじみ出ていました。

厳しそうにも見えるし、笑顔は無類の優しさを感じさせる、そんな表情をいつも画面越しに見せてくれました。一人の人間として「かっこいい!」と率直に感じておりました。

星野仙一さんの功績や数々の残した足跡を後世にも伝わって欲しいと願いつつ、ご冥福をお祈りします。 (2018.1.8)

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